賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ
ドイツの鉄血宰相ビスマルクの言葉に「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という言葉があるそうです。
そんなこともあり、僕は時間を見つけて歴史モノを読み返すようにしています。以前読んだ本の内容は変わりませんが、
僕自身の考え方や環境が変わっているので、同じ本でもその時々によって学ぶものが異なります。
この週末は、縄文時代のことを読み返していました。その本には「縄文時代の人々は、
日々食べ物を提供してくれる自然の恵みに感謝して暮らしていた」と記載されていました。一見当り前のことのように思えるかもしれませんが、
果たしてこの意味を本当に理解している現代人がどれほどいるのでしょうか?我々が生きていく上での、極めて重要な原理原則であるはずなのに。
僕は言うまでもなく、浮世離れした思想をもって、精神論の世界で生きていこうなどと考えていません。現代に生まれた人間として、
現代のルールの中で、合理的に生きていこうと考えています。ビジネスとしての観点はとても重要だと考えています。しかしながら、
人間の原理原則を忘れたビジネスゲームやマネーゲームなど、全く意味がないし、むしろ愚かなことだと考えています。縄文人と現代人は、
変わらず自然の恩恵のおかげで成立しています。これはまぎれもない事実です。しかしややもすると、
食料は工業製品のように機械的に生産されるものであって、自然の恩恵とは無関係であるかのように勘違いしている人が多いような気がします。
世の中の普通や常識が、必ずしも本質的な原理原則に則っていなことが多々あります。
社会構造が軽薄短小型に突き進んでいるように思えてなりません。
このように物事を深く考えると、徳川家康が言った「人生は重い荷物を背負って生きるようなもの」という言葉も理解できますし、
それぐらい奥深い難しいものだからこそチャレンジのしがいもあるとも理解できます。
« 企業の存続意義 | トップページ | 全ては自分の問題です。 »

コメント