大善は非情に似たり
今日は長野です。
さてこの週末に、いま話題となっているJALのトップになられた、京セラ稲盛会長の本を読みなおしておりました。その中で紹介され特に心に響いたのは「大善は非情に似たり」という仏教の言葉でした。大きな志を持ち、善を追及しても、時に社会に迷惑や負担をかけることも生じ、非情にも見えることがあるという意味だそうです。まさに、僕が日々自己矛盾に陥っていることです。一生懸命に善を尽くしても、結果として人様に負担をおかけしたりすることが生じます。自分の目指している善が、そもそも誤っているのではと思うこともあります。だからと言って、悪魔に魂を売り渡すわけにはいきません。
僕は常々、経営とは相矛盾することを飲み込んでいける度量がなければ成功しないと考えています。経営で成功するということは、経営者の人間性を高めることに尽きると、つくづく感じます。まだまだ僕のゴールはほど遠いようです。
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